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現代語訳 武士道

「現代語訳 武士道」 新渡戸稲造著 山本博文訳・解説
原書 "BUSHIDO The Soul of Japan"(1899年)
  翻訳時に訳者が最も恩恵を受けた先行訳書
  「武士道」矢内原忠雄訳(岩波書店2007)
  「武士道」佐藤全弘訳(教文館2000)
  「武士道」奈良本辰也訳(三笠書房1993)
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何年か前に読んでいる人が多いことを知り気になっていたので、読みました。

・日清戦争勝利から4年後の1899年にアメリカで出版され、その翌年に日本で出版し翻訳書は明治41年(1908)に出版とのこと。
・序文で、ベルギーの法学者、故ド・ラブレー氏に、日本では学校での宗教教育が無く道徳教育はどのように授けられるのか、という問いに即答できず、その後、日本での正邪善悪の観念は武士道にあることに気づき、著者と同じクエーカー教徒の夫人から日本の習慣についての質問がきっかけとなって、封建制と武士道がわからなくてはと、出版のきっかけが書かれています。

 武士道の源泉、義、勇気、仁、礼、信と誠、名誉、忠義、克己、切腹と敵討、刀、女性の教育と地位などのテーマについて読んでゆくと、共感する部分、新たに教えられてしまう部分、現代の感覚からすると違和感のある部分に分かれました。
 明治時代の著者(幼少の頃の数年間だけ武士の身分であったとのこと)が欧米に向かって、当時既に武士道の精神から功利主義や金儲けに傾いていた日本だとのことですが、武士道を説明する文章は、全体としては清々しく読み進めることができました。
 また、克己(self-control)の極致である切腹については、現場を描写した英外交官の文章が息をのみます。


 本書は巻末の訳者解説にインパクトがあり、身が引き締まりました。
 本文を読み終わり、なるほど武士道とはこういうことなのかと理解したつもりになります。
 しかし、訳者は、それはあくまでも著者が明治時代に著し、文学作品や歌舞伎のエピソードを引用するところからも示される「葛藤のない上澄みの武士道」(214ページ)であると解説します。
 刀を抜けば必ず相手を斬り留めねばならず殺せば切腹、斬り損じても刀の未熟さから切腹という武士にとっては、それを見越した町人にからかわれても「負けるが勝ち」との処世が必要だったとのこと。著者(新渡戸)はこの「負けるが勝ち」といっている社会を念頭に置いている。しかし、忠臣蔵で有名な赤穂事件のように、吉良上野介を切りつけた浅野内匠頭に対して、権力者が法により切腹を命じたが、法を超える武士の法(喧嘩両成敗)が実現されず主君の面子が立たないと赤穂藩の家臣らが討ち入りする。討ち入りは幕府の法では違法だがそれを超える武士の法の意識があった。これは「負けるが勝ち」といって済む社会では無かったことの証左。


解説(209ページ)では、著者(新渡戸)の武士道の体系を、儒教の徳目である仁義礼智信にほぼ相当するとし、おのおのの要素の支える関係・構造を解説している。
著者(新渡戸)は最上位の徳目を忠としているが、それは武士自身の名誉のために行われるもだったと解釈している。
にじのぱぱは図にしてみました。
儒教徳目の構成図

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