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国をつくるという仕事

 ブータンのジグメ・ケサル・ナムギャル・ワンチュク雷龍王(国王)五世が訪日したとき、ニュース映像をちらっと見ただけなのにもかかわらず、被災地・被災者への気持ちが強く伝わってくるように感じたのは、私だけでは無いはずです。
 これが、本来は日本がすべき、国と国との付き合い方なのかもしれないと思いました。ワンチュク国王夫妻の映像を見るにつけ、なるほど国民の幸福を真剣に実現しようとする国王だと感じました。ブータンとの国交は大事にしなければならないと、日本の誰もが感じたとも思います。
 そして、思い出しました。以前、家造りブログでブータンの他、各国のリーダーのすばらしさが書かれた本です。
紹介したくて、さんじのぱぱ日記にも載せます。

国をつくるという仕事 西水美恵子著
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国づくりの本です。
そしてリーダーのひととなり・息づかいが聞こえてきそうな、世界が身近に感じられてくる本です。
著者は、米国プリンストン大学経済学部から世界銀行へ転身し、主に南アジアの貧困を撲滅するための施策に、世銀の融資が有効か判断しチェックする仕事に就きます。
そのような国では(日本でも言えることですが)、リーダー次第で良くも悪くもなってしまうとのことです。
世界銀行が世界中の国から調達する資金について、国際法上では加盟国の国民が株主とのことです。つまり皆さんも世銀の株主とのことです。
株主は黙っていてはいけません。世界銀行がきちんと仕事をしているか、融資のお金がピンハネされていないか。
著者は融資前の調査などで、その国の実態を把握するために、意識的に一番貧困な村を訪れ、草の根をまわります。それからリーダーに会います。
例えば、パキスタンのムシャラフ大統領。
「我が国が抱えるリスク、それは貧困に尽きる」と会談の冒頭で発言したとのこと。
分かっているリーダーです。
さらに、消費税導入の会議の席上、大臣がインフレになると反対発言すると、
「君、消費価格の一時的な上昇とインフレを取り違えてはいけないよ」と諭し、噛み砕いて大臣に教えたとのこと。
会議後、傍聴していた著者が、経済学者でさえ間違えることをどうして将軍(当時)が?と聞くと、財務省と中央銀行総裁が代わって次のように答えた。
「インフレの意味がどうしても分からないから教えてくれとボスが言うので、昨夜6時間も猛烈ゼミをやったんだ。おかげで今日は寝不足。でも大統領、これで合格です。おめでとう」
著者はこれを聞き、指導者こう在るべしと心底うらやましかった。とのことです。
→私は、指導者の立場にあっても、経済の基本的事項がどうしても理解できないと言って教えを乞うところが、自分の立場よりも国民のために理解しなければいけないと恥ずかしがらずに真剣に学ぼうとする姿勢に、涙したのでした。
例えばブータンの雷龍王。
 この本を読むと、特にブータンという国はリーダーに恵まれてうらやましくなります。(翻って日本を思うから)
国民総幸福量(GNH)の概念で国づくりをすすめています。
インドの北東、ブータンとの国境近くに2つの武装過激派組織が活動拠点を拡大していることに、インドとの国交を重んじるブータンでは、国会でも煩雑に取り上げられ、武力で一掃せよと憤る議員に対して、ワンチュク雷龍王四世は仏教の慈悲の精神・殺傷禁断の戒を説いた。
過去十数年間、南部をことあるごとに視察し熟知し、6千人もいない軍隊での戦略とはいかに、と考えた末、短期・殺生禁断で、国王自ら最前線に立ち、知り尽くした土地で戦いを有利に進め、3日間で掃討したという。ここでの「戦略」とはいかに戦いを略すか・・・いかに戦わないかだったという。
終章にリーダー論が田坂氏によって書かれています。
少し長くなりますが引用することにより、この本のすばらしさが伝わればと思います。

-----引用はじめ-----
その西水氏(著者)が描く、様々なリーダーたちの姿。
草の根の人々に対する深い共感を抱き、恵まれぬ人々のために社会を変えようと願い、
敢えて困難な道を選び、現実との格闘を続ける、様々なリーダーたちの姿。
もし我々が、それらのリーダーたちの姿を見て、胸を熱くし、感動し、涙を流したならば、
それは、我々が、この書を通じて、大切なことを学び、掴んだことを意味している。
リーダーシップの原点。
そのことを、学び、掴んだことを意味している。
なぜなら、リーダーシップの原点とは、何よりも、人々に対する共感、だからである。
真のリーダーシップは、必ず、
人々に対する共感を、原点としている。
それが職場であるならば、部下に対する共感。
それが企業であるならば、社員に対する共感。
それが国家であるならば、国民に対する共感。
その共感無しに、いかなるリーダーシップも存在しない。
------中略------------
なぜ、この日本という国には、
数々のリーダーシップ論が溢れているにもかかわらず、
真のリーダーが生まれてこないのか。
たしかに、この国には、様々なリーダーシップ論が溢れている。
しかし、残念ながら、それらは、
単なる「知識」としてリーダーシップの心得を語る論、
手軽な「マニュアル」として、リーダーシップの技術を語る論、
さらには、いかにすれば部下や社員、人々を動かせるかという
「操作主義」に彩られたリーダーシップ論が大半である。
そして、それらの多くは、
リーダーシップを発揮しなければ、仕事が進まない、
リーダーシップを学べば、人生に成功できる、
リーダーシップを身につけて、多くの人々を動かしたい、
そういった、「自己の願望」から発するリーダーシップ論に他ならない。
しかし、こうした「自己の願望」から発するリーダーシップは、
「他者への共感」から発するリーダーシップとは、似て非なるものであり、
その自己中心性と操作主義がゆえに、必ず壁に突き当たり、
そこからは、決して、真のリーダーは生まれてこない。
リーダーシップの原点は、人々に対する深い共感である。
そのことは、実は、我が国においては、古くから語られていることでもある。
その真実を教えてくれる、素晴らしい言葉がある。
千人の頭(かしら)となる人物は、
千人に頭(こうべ)を垂れる人物である。
すなわち、
千人の人々のリーダーとなる人物は、
千人の人々への深い思いと共感を持つ人物である。
------中略------------
では、「共感」とは何か。
それは、「自分の姿」を見る瞬間のこと。
いま、目の前で悲しみ、苦しみ、孤独の中にある一人の人間。
それは、実は、自分の姿。
もし、この世に生まれてくるとき、何かがわずかに違ったならば、
自分がその境遇に生まれたのではなかったか。
ほんのわずかの偶然が、
相手と自分の人生を分けただけではないのか。
されば、いま、目の前にいる相手の姿は、自分の姿ではないのか。
この世界の不条理の中で苦しむ一人の人間の姿は、実は、自分の姿ではないのか。
我々が、その思いを抱くとき、そこに「共感」が生まれている。
-----引用おわり-----
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テーマ : 紹介したい本
ジャンル : 本・雑誌

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さんじのぱぱ

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