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街場のメディア論

「街場のメディア論」内田 樹 著
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街場シリーズは大学の授業を素材に、テープ起こし後に編集者がまとめ、著者が加筆し本にする製作システムだそうです。これまで、「アメリカ論」「中国論」「教育論」と出版し、今後は「家族論」「文体論」が続く予定だそうです。

「街場のメディア論」は20歳くらいの女子大生が知っていそうな具体例を挙げて、彼女たちが理解できるロジックでメディアについて語ったものだそうです。
従い、比較的読みやすいです。が、著者の思いが詰まっていると感じました。

以下、にじのぱぱがフムフムと感じた点です。

・17ページから
 就職活動にあたり「適性と天職」という発想が、そもそも幻想。
 適性や潜在能力がありそれに合う職業を探す、という順番でなく、
 まず仕事をする。そのうちに自分の中の適性や潜在能力がわかってくるという順番。
 →にじのぱぱ:まさにそのとおり。働いてみないとわからない。立場が人を成長させる(つくる)。

・29ページから
 世のため人のために仕事をするとどんどん才能が開花し、自分一人のために仕事をしてもぱっとしない。
 人の役に立ちたいと願うときにこそ人間の能力は伸びる。
 →にじのぱぱ:同感。

・50ページから
 新聞はテレビの批判をして欲しいが、経営構造から難しい。新聞社とテレビ局の系列がある。
 でも、質の保障の基本は「ピアー・レビュー」(同じ専門家・同僚による査定)です。
 「ピアー・レビュー」の信頼性が最も高い。
 →にじのぱぱ:ほとんどテレビを見ていないので何とも言えない。
  でも、NHKの朝のニュースでYOUTUBE等でのヒット数が多い動画を紹介するコーナーは、ニュース番組がすることか?と強く疑問に思い安直だとさえ思う。NHKの特派員や国内記者が、「これは是非とも自分が伝えなければ」というニュースはいくらでもあるはずだと思う。また、ニューヨークの状況を伝えるコーナーも、なぜニューヨークなのかがわからない。世界は百何十カ国もあるのだからそれぞれの国を紹介するだけでも、いかにマスコミが偏った報道をしているかが分かると思う。

・70ページから
 給食のときに「いただきます」ということに抗議をした親がいたそうです。
 ありがとうが言えない社会です。
 先人たちの努力の結果、給食制度を確立し、毎日有り難く昼食をいただけるようになった。
 そういう「世の中の仕組みがわかっている」のが大人で、そうでない、そこにあって当然だと考える”大人”が増えてきた。
 →にじのぱぱ:有名な話です。給食費を払っているのだから食べられて当然という内田先生の「消費の場の等価交換」を教育の場に持ち出す親たちなのでしょう。

・91ページから
 価値判断を含むものは、政治記事にしても、経済記事にしても、そのコンテンツの重みや深みは、固有名詞を持った個人が担保するほか無いと思うのです。
 →にじのぱぱ:新聞ならば署名記事でしょうか。署名記事は覚悟を持って書かれるので質の向上に役立つと思います。また記者は伝えたいことを伝えた充実感が得られるでしょう。

・92ページから
 「どうしてもこれだけは言っておきたい」という個人の言葉は自分の責任の下に抑制が働くので暴走しないが、誰でも言いそうなことは抑制がきかないので暴走(拡大)しがち。
 強者より弱者に正義があると推定し「推定正義」で報道することから始まるのはよいが、個人の見聞無しでそのまま他社報道を参照して報道することが繰り返されると「定型」となり、マスコミ(界)の通念となり、「世論」の金科玉条として作られてしまう(~と世間では言われていますけれどのパタン)。これが暴走の構造。本当は、先入観を排した再吟味でコントロールされねばならない。
  メディアが力を失っている理由は、どうしても言いたいという個人の発露でなく、誰でも言いそうなことを再吟味せずに選択的に繰り返した報道の姿勢にあり、どうでもいいことの報道になってしまい、人々が、その報道内容は無くても困らない平明な事実だと気づいてしまったことにある。
 →にじのぱぱ:ニュースソースを他のマスコミ(新聞・通信社など)からだけとするニュース番組は、やがて見なくても良いものと思われてしまう。民放ニュースで新聞各紙を並べて紹介するコーナーは、それだけだとテレビ局の存在意義がない。ネット・Googleニュースで事足りる。同一記事の新聞比較や、1紙のみに掲載されたスクープを紹介したり、各紙の性格や、テレビからの新聞批判など、ジャーナリストの力を発揮して欲しい。ジャーナリストはいるのだろうか。

・118ページから
 メディアが教育への市場原理導入に好意的なのは、教育制度がめまぐるしく変化し、変化が激しい場では情報価値が高騰するから。
 しかし、教育の根幹は「子どもを成熟に導く」ことで、そのため、起源が分からずとも長い経験を通じて人類が工夫した教育の装置を大事にして謙虚に接すべき。よく分からないからと言う理由で廃止すべきではない。
 →にじのぱぱ:情報価値の高騰は、フムフムでした。

・131ページから
 電子書籍の最大のメリットは、利益が出ない紙の本でも読める状態によみがえらせたこと。読みたかった本が読めるようになること。
 →にじのぱぱ:これもフムフムです。

・140ページから
 著作権について。
 売買・運用・相続できる財物とみなすことには強い違和感。
 著作を読むなど受け取った(快楽を享受した)人が、感謝と敬意を表したいと思ったときにはじめて著作物に権利としての価値が発生し、最初から著作権というものが自存するのではない。
 図書館に新刊を入れることに反対する人は、自分の本を読んでくれる人より買ってくれる人に興味があり、図書館で新刊を読む人を「盗んでいる」ように見てしまう。
 この考えの人は、全部定価で買い取って誰にも読ませないために廃棄したいという申し出を断れなくなる。
 本は本を読んでくれる人のために書く物。読者に対する贈り物。読んでくれる人を増やし、読者が自分への贈り物だと思って「ありがとう」と感謝・敬意を表し、そのうち買ってくれれば良い。
 →にじのぱぱ:買い取り&廃棄は刺激的な説得力です。オフコースに「僕の贈りもの」という曲があり、にじのぱぱは好きです。
 
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テーマ : 最近読んだ本
ジャンル : 本・雑誌

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