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12月12日

明治36年(1903年)12月12日深川区万年町に次男として生まれ、
昭和38年(1963年)12月12日癌で亡くなる。
テレビ東京(東京12チャンネル)の開局何年かの記念の年には、12月12日に「秋刀魚の味」が放映された。
そういう日です。

小津安二郎を知ったのは、大学2年です。

第2外国語(仏語)の若い講師は、私の講義を聴くより映画を見なさい。
と言うような、良い先生でした。
講師の薦めで名画座で映画を見ることが楽しみになりました。

当時の映画情報誌には(キネマ旬報などを除くと)
「ぴあ」と「CITY ROAD」があり、映画館の情報で時々間違いがあっても
にじのぱぱは「CITY ROAD」派でした。
「ぴあ」は高校2年の時、”はみだしぴあ”がおもしろかったことと
表紙のイラストは強く印象に残っています。

中野の映画館で「大人の見る繪本 生まれてはみたけれど」を見た体験は一生の思い出です。
アパートで一人暮らしをしていた行徳から地下鉄東西線1本で中野まで行き、見ました。

サイレント映画なので、館内は静まりかえっていて、誰一人咳もせず
映写機の音がかすかに聞こえるだけです。
観客は、にじのぱぱも含めて、一瞬たりとも見逃すまいと、
スクリーンに集中していたのです。
静かな緊張感の中で観客が一体感を感じていたかもしれません。
「大人の見る繪本 生まれてはみたけれど」を映画館で見ることができるという。

静かな館内では、映像が際だちます。
モノクロなので色の情報が無い分、光が表す影が強い印象を与えます。

映像そのものはサラリーマンの男の上役との関係と、家庭での立場を喜劇で表した肩の凝らない物ですが、映画が終わった後は、フィルムがきれいだったこともあり、満足感・充実感で軽い疲労がありました。

弁士のいないサイレント映画とは、こういうものかという体験でした。
いかに、日頃、色と音に無頓着になっているかを思い知りました。
名画座が今よりずっと残っていた頃の貴重な体験でした。
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テーマ : 映画監督
ジャンル : 映画

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さんじのぱぱ

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